地上デジタル放送のテクノロジ解明―地デジとワンセグのハードウェア&システムを徹底解説! (RFワールド)

地球を取り巻く電波環境

revised at 2014.09.16
地デジ化を振り返って

TV放送が地上デジタル波へ移行して、数年過ぎました。 移行当時は総務省の半ば強権的な政策によって、地デジチューナや地デジ対応TVを購入せざる得ない状況にも陥り、 巷では「地デ鹿とアナロ熊」の血生臭い争いも繰り広げられていました。 電波が公共の資源である以上、個人にとって多少の犠牲は已む得ませんが、それでも推し進めた政策の骨子は何だったのでしょうか?

総務省の発表資料や通信技術の動向を整理・分析すると、次の3点が地デジ化の目的であったと考えられます。

  • 周波数利用の効率化
  • 伝送データの大容量化
  • デジタル通信化
  • 携帯電話やETCなどの無線通信機器とそのサービスの爆発的な普及により周波数の利用は逼迫しつつありました。 今後、新たな無線通信サービスを導入するにあたって、電波資源の枯渇が懸念されていました。 そのために周波数割当てを見直し、従来の帯域(VHFロー90〜108MHz、VHFハイ170〜222MHz)を空けて、地デジ波帯域(470〜770MHz)を新設しました。 この見直しにより帯域幅が拡大され、伝送データが大容量化が可能となりました。 さらにデジタル通信化することでOFDM(Orthognal Frequency Division Multiplexing:直交周波数多重)という変調方式を適用することができました。OFDM方式では複数のキャリアを直交化させることで互いに干渉しないようにしながら、 複数キャリアの同時伝送を行うことができるため、全体的には伝送速度の低速化しながら大容量のデータ転送を行う方式が実現され、ノイズの影響も低減させることで、容量・品質とも十分な水準を見込めるようになったのです。

    特にデジタル通信化したという点は無線通信史におけるマイルストーンのように感じます。 その背景には、デジタル通信における変調方式や符号化の理論だけでなく、その実現の一役を担ったDSPなどのハードウェアの普及等も語らずにはいられないでしょう。なぜならばOFDMの核となっている高速逆フーリエ変換はDSPなくしては、 実現できなかったはずだからです。

    さらば、日本電波塔

    地デジ化により日本電波塔(通称:東京タワー)にかわって東京スカイツリーがTV放送の送信を開始しました。 VHF/UHF帯以上の周波数の電波は通常は見通し距離しか伝わらない電波なので、 地上から高い位置から電波を発射することでカバレッジを確保する必要があります。 一方で携帯電話の普及により陸上のいたる所に電波塔が目につくようになりました。 車で小一時間ドライブするだけで、3〜5個位は見つけられますし、近くまでいくと携帯会社の会社名が書かかれています。 携帯電話ではGHz帯の電波を使用しているため、やはり見通し距離にしか伝わりません。 そのため、要所要所に電波塔を配置しサービスエリアに隙がないようにしてあげる必要があるのです。

    光と電波

    VHF/UHF帯以上の周波数の電波は通常は見通し距離しか伝わらないという話をしました。 ではVHF/UHF帯より小さい周波数の電波はどのような伝わり方(伝搬)をするのでしょうか? また、そもそも見通し距離とは何を意味した言葉なのでしょうか? 長崎県佐世保市に針尾送信所跡があります。巨大な電波塔が3本、天を沖するように立っています。 太平洋戦争時代に活躍した電波塔であり、一説によると真珠湾に進撃した戦闘機に日本本土から 司令を送ることに使われていたとのことですが、真実の正否はとかく、遠隔地まで電波を伝えるための 構造になっています。九州でAMラジオをチューニングしていると、山を越え河を越えてハングル語の放送が入ってきますが、 FMラジオではおおよそ県内の放送だけが受信されます。ラジオの周波数の単位を見てみましょう。AMの場合は「kHz」、 FMの場合は「MHz」です。k(キロ)は10の3乗でM(メガ)は10の6乗を意味します。 周波数が低いと遠くまで電波が届くようです。電波時計では標準電波を受信し誤差の補正を行いますが、 日本の標準電波送信局は2局になります。前項では携帯電話の電波塔が至るところに見られるという話をしましたが、 それに比べるとたったの2局です。 ひとつは福島県の大鷹鳥谷山(おおたかどややま)で40Hz、もうひとつは佐賀県の羽金山で60Hzです。 当然、データの量やサービスの内容は異なりますが、たったの2局で日本全国をカバーしています。 それもまた周波数の違いなのです。

    さてここまで来れば「見通し距離」の意味もおぼろげに見えてきますが、少し理論的に説明しておきます。 山岳なり建物なりある物体が見えるということは、その物体が出している光が網膜を刺激し視覚できるということです。 電波は眼に見えませんが光と同じ性質をもちます。それはマクスウェルの4つの方程式から導かれます。 周波数という観点から言えば、周波数が高くなればなるほど光と同じように直進性が鋭くなってきます。 一方で周波数が低くなるとゆるやかにうねりながら進んでいきます。電波の直進性が鋭いとひたすら真っ直ぐ進んで、 障害物にあたると、真っ直ぐ進むことをやめてしまいます。ゆるやかにうねりながら進んでいくと、あるときは地面に反射して あるときはひょいっと障害物を越えたりしながら、遠くへ遠くへ伝わっていきます。 直進するか、ゆるやかに進むか、ちょうどその境目がVHF/UHF帯になるのです。

    陸でも海でも空の上でも

    実用的・経験的な基準として、見通し距離のみ伝わる電波かどうかはVHF帯がしきい値となります。VHF帯よりも小さい周波数の帯域(MF, HF等)は見通し距離より遠くへ伝わり、VHF帯よりも大きい周波数の帯域(UHF,SHF等)は見通し距離内しか伝わりません。

    港を出航し海に出た船は陸が見える範囲内ではVHF電話により陸上の海岸局と無線通信をすることができますが、まわりが水平線のみの大海原ではMFやHFでないと無線通信を行うことができません。 GMDSS移行前の通信は電波の伝搬距離に制約を受けていましたが、衛星通信を導入したGMDSSでは通信サービスのカバレッジが格段に広がりました。 GMDSSでは電波の到達距離にもとづいて、海域を4つ(A1海域、A2海域、A3海域、A4海域)に区分し、どの海域においても船舶が直接陸上の無線局と通信ができ、遭難信号も確実に陸上の捜索救助機関に届くようになっています。 (GMDSSの詳細はGMDSSとINMARSATを参照)

    空港から飛び立った飛行機でもVHF無線電話を使用してタワーやレディオとコンタクトする場合は見通し距離を考慮する必要があります。 地上から何千フィートの上空でも航空機局とタワーやレディオの間に遮るものがなければVHF無線電話による通信が可能です。ところが少し高度を落として山の陰を飛ぶと、VHFの電波は山に遮られてしまいます。 航空機同士の衝突防止や運行情報の入手のために、上空の航空機局と地上の航空無線局は適切に通信手段が確保される必要がありますが、 地形や空域を考慮して陸上の航空無線局がサービスを行える範囲(仮に言うなれば見通し距離の範囲)は航空無線局を中心にウェディングケーキを逆さまにしたような形になります。 特にレーダーサービスが可能な範囲は安全な航行に必要であり、レーダーが航空機を識別できる最低高度はMVA(Minimum Vectoring Altitude)として保証されています。

    さて、我々が普段生活している陸上ではどのような電波が飛び交っているのでしょうか。従来からTVやラジオの電波が飛んでますが、今や携帯電話などの移動体通信が活況を呈しています。 ちょっと周りを見渡してみると、我々が携帯電話を手にしている位置から上には山もありビルもあり、室内にいれば窓もあれば壁もあります。無線局を見通そうと思いきや、四面遮るものばかりですが、どうやって電波が届いているのでしょうか。 陸上の携帯電話のような移動体通信では、電波の反射や散乱の原理を応用して、陸上の基地局から林立するビル街や密集した住宅街でも通信ができるように工夫されています。 例えば電波はビルにあたっても、道路に反射してビルの隙間を縫って目的の移動通信用の端末に辿りつけばよいのです。このとき電波が通る経路(パス、PATH)は複数個ありえるため、いろんな経路を辿ってでも生き残った電波が届けばよいのです。 ところが生き残った電波の中には最短の経路で辿り着いた電波といろんな経路を迂回しながら辿り着いた電波とがあるため、 やまびこがこだまするように電波が受信されることがあります。これはマルチパスフェージングと呼ばれる現象であり、携帯電話のように広帯域(電波の直進性が強く反射しやすい性質をもつ帯域)の無線システムでは、 近道してきた電波と迂回してきた電波が同一の電波かどうかを識別する技術が必要となります。

    陸でも海でも空の上でも、様々な帯域やいろんな経路を通じて、人と人とが通信できるシステムが構築されてきました。人間は陸や海や空の区別をしますが、電波にはその区別はありません。 国境を越えても電波は飛んでいくので、世界は電波で満ちており、無線通信システムは世界規模の大きなシステムなのです。

    衛星通信の研究に向けて

    見通し距離の話をしました。電波は光と同じ性質をもち遮るものがなければ、どんどん進んでいきます。陸の上でも海の上でも空の上でも、ほとんどは地表付近で行われる通信であり、地球が丸いために死角となる領域が必ずできてしまいます。 ところが夜空の星がまたたくように地上から人工衛星に向けて電波を飛ばしてみるとどうなるでしょうか。夜空の星の光が届くように電波も遮るものがないため人工衛星に届くはずです。 地表で行われる通信と違って、地表と衛星の間には遮るものはありません。この恵まれた環境で地球規模的な衛星という設備を使って通信を確立できるようになれば、近い将来には銀河を越えて宇宙人と交信することも可能となるでしょう。 衛星通信の先には「宇宙は電波で満たされている」時代も予言できるかも知れません。

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    今さらきけない電波伝搬のABC (RFワールド)