衛星の軌道とアンテナ理論

revised at 2014.08.31
はじめに

筆者は衛星を本や写真でしか見たことがありません。百聞は一見に如かずと言って見たこともないものを表現するのは話す方も聞く方も辛いものです。 しかし無線工学に携わる以上、見えないものを鮮やかに描写することは避けて通れない道です。 天体の運行法則を世に示したケプラーや電波を予言したマクスウェルは、見えないものを精彩に描き、それは時代を超えた理論として今を生きています。 衛星通信も最初は雑誌のSF(Science Fiction)記事から生まれ、いつしか形をなしたものです。本稿では衛星を中心として空想の産物が形をなしていく過程とそれを推し進めた理論を考察していきます。

衛星軌道の主要諸元

重力の風

衛星の軌道は理論ではきれいな楕円軌道として描かれます。もし地上から遠い空に衛星を見ることができれば、 理論の通りきれいな幾何学的な軌跡を描いていることでしょう。しかし近づいてよく見てみると少しばかり違うかもしれません。 船が海で飛行機が空で航跡を描くように衛星も宇宙で航跡を描いているものと考えましょう。 遠くに船や飛行機を眺めれば、直線あるいは弧線等のきれいな航跡を描いているように見えますが、 近づいてみると船や飛行機のパイロットが絶えず風(船なら風と潮流)に対する偏流角をとっており、 ほんの僅かな時間ですが幾何学的なきれいな航跡を逸脱することもあります。それでもやはり遠くに眺めれば、おおむねきれいな航跡を描いているのです。 衛星の軌道に影響を与えるものはどのようなものでしょうか。船や飛行機の航跡に影響を与える風は、地上に住む我々にはイメージしやすいものです。 衛星にも船や飛行機と同じように航跡に影響を与える風があります。この風は我々が肌で感じている風とは少し違うイメージです。 これを筆者は「重力の風」と名付けています。「万有引力の風」と言ってもよいかも知れません。 重力の風、万有引力の風は、地球が理想的な球体でないために軌道を描く衛星に働く不均一な引力によるものです。 軌道上の衛星から地球(あるいは地上)に向けて法線を下ろしたとき、その地点の地球の質量によって生じる引力が、 衛星を地球に近づけたり遠ざけたりするのです。

エネルギーの交換

一般的な衛星の軌道は楕円(eclipse)として描かれ、地球は楕円のいずれかの焦点付近に位置します。正円は楕円の特殊な形ととらえ、理論を構築する場合は、 楕円軌道として一般化していると考えられますが、衛星の軌道では正円と楕円で力学的な表現が変わります。 地球を中心に正円の軌道を描く場合は、遠心力をイメージすればよいでしょう。実際に衛星を打ち上げて軌道にのせるまでは、 遠心力を使って地上からの高度を上げて行きます。遠心力を得るためにには角速度を増やす必要があり、衛星に積んだ燃料を使って推力を得る必要があります。 地球の中心への向心力は常に重力も手伝っています。そのため正円の軌道を描き続けるためには燃料を燃やし推力を出し続け角速度を一定に保つ必要があります。 当然、燃料には限りがあります。地球の重力に対して、常に推力を出し続けることはとても不経済です。 そこで軌道を楕円に変えると、遠心力の考え方から、位置エネルギーと運動エネルギーの交換による周期運動を行えるようになります。 正円軌道からわずかに推力の方向を変えて地球から衛星を離していきます。衛星は地球から離れることで位置エネルギーを蓄えますが、 ある一定の距離を離れると今度は地球に向かって落ちてきます。このとき位置エネルギーは運動エネルギーに変わりもとの位置に戻ってきます。 もとの位置に戻ってきたら再度楕円軌道に向けて推力を与えてあげます。 例えるならば、ちょうど地上で空に向かってボールを投げて落ちてきたボールをまた投げるの繰り返しをやるようなイメージです。 昔の遊びで言えばお手玉をやるようなイメージがもっとわかりやすいでしょう。

衛星軌道の数学的な表現

イメージができるようになれば、あとは数学的な表現でコンパクトかつシンボリックにまとめるとよいでしょう。 数式は難しいというイメージはありますが、難しく理解するのでなくまずはインプレッションで理解して、 もっとイメージを鮮明にしたいときに、じっくり数式を眺めていけばOKです。

衛星のコントロールと放射について

衛星のアンテナの理論を語る前に衛星のコントロールについて説明します。衛星を運航する際にコントロールするものは大きく2つあり、それは姿勢(attitude)軌道(orbit)です。 これらを制御するためには推力(power)のコントロールも重要ですが、アンテナの性能=衛星の機能を確保する直接のパラメターは姿勢と軌道です。 アンテナが所要のカバレッジ(coverage)を確保するために向きと地球(地上)からの距離を設計通りの値に保つ必要があります。 衛星のアンテナから放射される電波はちょうど夜道を照らす街灯をイメージするとよいでしょう。 そのときの放射角度(ビーム幅)は17.34°とされています。衛星の姿勢が不適切だとアンテナはあらぬ方向を照らしてしまいます。 また所要の軌道より低い軌道を運航すればカバレッジは狭くなるし、高い軌道を運航すれば地球に電波があたらず無駄な放射が発生します。 フェイズドアレイタイプのアンテナのように、放射の向きを電気的に変えることができるアンテナも開発されていますが、 地上局からの電波の受信や衛星の安全な運航を考えれば、アンテナの向きを変えるのではなく、姿勢と軌道をコントロールする考え方が、 衛星のアンテナ理論の基礎になると言えるでしょう。

周波数・帯域幅について

衛星は全地球規模の広大な範囲で電波を送受信するため、各国の通信サービスに干渉を与えないように周波数を選ぶ必要があります。 また経済的な観点から見れば、低めの周波数より高めの周波数を選んだ方が、より多くの情報量の送受信が見込めます。 一方で周波数が高くなれば降雨等の影響による減衰も多くなります。また衛星通信の伝送路には対流圏(troposphere,地上から数10km上空の層)と、 電離層(ionosphere,地上から80km〜1000km上空の層)があるため、各層での損失が少なくなる最大公約数的な周波数を選ぶ必要があります。

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