無線通信路の設計とリンクバジェット計算
revised at 2014.09.21
はじめに
有線通信に比べて無線通信路は、伝送路を敷設する労力が削減できるし、機器の配置を自由にできます。
身近な例では家庭やオフィスの無線LAN環境です。有線LANはケーブルを引いたり、ダクトを設置したり、
タイラップで束ねて整理したり、ネズミにかじられないように考慮したりと、泥臭い作業が満載ですが、
無線LANはユニットを設置しモデム付きアンテナをUSBポートに挿し込めば通信を行うことができます。
一方で、有線通信に比べて無線通信は通信速度やデータ送受信の信頼性の点で十分な評価を得られていないのが現状です。
本当に無線通信は信頼性のないものなのか、確かに無線で活躍する電波の振る舞いは簡単には理解しづらいものがありますが、
理論があれば無線通信に対する不安も単なる迷信なのかも知れません。
そこで本稿では、無線通信路の設計プロセスを説明し、その中でリンクバジェット計算による評価方法について論じることで、
無線通信の信頼性の向上を検討したいと思います。
無線通信路の設計の基本的な考え方
無線通信路のキャリアである電波は限られた資源であり公共の資産です。
また有線通信の場合はケーブルが被覆され、通信内容は遮蔽されていますが、
無線通信には被覆のような明確な境界はなく、原理的には誰でも使えるし、誰でも通信内容を傍受できるし、誰かの通信の邪魔をしたりもできます。
そのため電波法や無線通信規則では、電波を占有しないように、他の通信に干渉しないようにするため、
決められたカバレッジの中で、必要最小限の送信電力で通信を行うことを取り決めています。
無線通信路の設計プロセス
無線通信路の設計プロセスは次の通りとなります。
- 通信環境の決定
無線通信サービスが必要なエリアの範囲(カバレッジ)を決めて、
山岳や建物等の地形について整理する。
- 通信方法の決定
使用周波数帯、電波の型式、デジタル通信であれば符号化の種類等を検討する。
(IEEE無線規格等に定められた無線通信機器を使用するのであれば、
設計諸元は自ずと決まってくる。)
- 送信電力の決定
受信、送信ともにアイソトロピックな点アンテナと想定して、
アンテナの概略の設置位置を決定し、有効到達距離を満たす所要電力を算出する。
- リンクバジェットの計算
受信に必要な利得を決めて、送信利得が十分であるかどうか計算する。
- 設計諸元の再検討
リンクバジェットの計算結果をもとに、カバレッジ・所要電力等の評価を行い、
リンクバジェットが不足しがちな場合は、諸元の再検討を行う。
- アンテナの選定
リンクバジェットが十分に確保できれば、次にアンテナ・機器の選定を行う。
各設計フェーズでの詳細作業及びチェックポイント
- 通信環境の決定
データの送受信を工場敷地内で行うことを例として、このプロセスを説明します。
決定する諸元には次のようなものがあります。
- 工場敷地内のどこからどこまでの範囲を通信サービスエリアとするか
- 建屋や事務所また樹木等はどのように配置されているか
- データの受信はどこで行われるか=受信アンテナはどこに設置するか
- 受信アンテナは固定体か移動体か
工場敷地内の屋外箇所では降雨による影響も考える必要もあるかもしれません。
工場の建築図等を参照して、敷地全体の面積や建屋の寸法をもとに通信環境を3Dモデリングできれば、
電波の伝搬経路等がイメージしやすくなります。工場敷地外への電波の漏洩は電波干渉の面でも、通信セキュリティの面でも、
望ましくありません。必要最小限のカバレッジになるように通信環境を決定します。
- 通信方法の決定
実務上はIEEE無線規格等に定められた無線通信機器を使うことが経済的です。
規格や仕様書にもとづいて必要な通信サービスを構築できるかを調査します。
無線通信路はネットワークの物理層にあたります。
ネットワークの考え方では物理層がなんであれ、
次の層でうまくインターフェースして通信をつないでくれますが、どのようなソフトウェアコンポーネントを使うかを
同時に決めておけば、無線通信路を使ったシステム導入をスムーズにすすめられます。
- 送信電力の決定
受信、送信ともにアイソトロピックな点アンテナでまずは計算していきます。アンテナの概略の設置位置を決定し、
有効到達距離を満たす所要電力を算出します。アイソトロピックな点アンテナを仮定して計算すれば、
利得の計算を簡単にすること、電波放射のイメージを単純化することができます。
そしてアイソトロピックな点アンテナで通信路が確立できれば、アンテナに指向性を持たせる等の
工夫をして通信路の性能をさらに向上させることができます。
このプロセスでは次の点を考慮しながら計算を行います。
- 所要電力は必要最小限となるように検討を行う。
- 山岳や建物等があれば、回折波やフェージングによる利得の損失に対する余裕をもつ。
スケールも考えておくとよいでしょう。スケールとは大きなエリアではアンテナが八木アンテナであろうと、
ログペリであろうと、アイソトロピックな点アンテナで計算を行い、スケールが狭ければ、アンテナの特性も
はじめから計算条件に入れるという判断をします。
またマルチパスが影響するような環境ではアンテナをダイバーシチにする等の対策が必要になります。
- リンクバジェットの計算
受信利得を決めて、送信利得が十分であるかどうか計算します。
送信利得 - 利得の損失 > 受信に必要な利得 であることをチェックします。
このプロセスでは、利得損失の要因の洗い出しが十分にできるか、またそのときの利得の損失を適切に
見積もることができるかが鍵となります。利得損失の要因の洗い出しには、無線工学の研究をよく知ることが重要であり、
利得損失の見積りは実験値の収集・データベース化を行うことが必要となってきます。
- 設計諸元の再検討
リンクバジェットの計算結果をもとに、カバレッジ・所要電力等の評価を行い、
リンクバジェットが不足しがちな場合は、諸元の再検討を行います。
- アンテナの選定
リンクバジェットが十分に確保できれば、次にアンテナ・機器の選定を行い、
具体的な設備構成の検討をすすめて行きます。
アンテナはアイソトロピックな点アンテナを条件としているため、
指向性を持たせる場合は、サイドローブ方向のカバレッジ等を検証し、
設計通りの性能が満足できるか再度検討すべきでしょう。
またアンテナを設置する箇所に適切な電力を供給できるか確認しておくことも必要です。
無線通信路とは言え、設計のやり方は他の製品を作るやり方と変わりはありません。設計する際に重要なことは、
決められた(あるいは決めた)プロセスを忠実に実行することと、経験や実測で得られたデータを蓄積・整理し有効活用できるようにすることです。
特に無線通信における電波の振る舞いは理論だけでは十分に説明できないケースや理論だけでは間に合わない場合が多いため、
理論だけではなく、経験や実測でセンスを磨くことが重要と感じます。
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